たぶん僕の前世は猫で、きっと野良猫で、飼い猫に憧れていた。
飼い猫になりたくて仕方なかった。ぎゅっと抱きしめられたかった。
僕を抱きしめてくれるニンゲンがいつかきっと現れると思って、ニンゲンに近づいていってた。
どこの飼い猫よりも愛想が良くて、きれい好きで、毛並みもきれいなつもりだった。けれどそれは野良猫のわりに、というレベルだったようだ。
結局、僕のおでこを撫でたり、喉をスリスリしてくれたりする飼い主には出会えなかった。
やがて猫の僕は歳老いた。野良猫のまま歳老いた。
自慢だった毛なみが色褪せ、ボロボロと抜けていった。
どこかに隠れないといけない、誰にも見つからないところに行かないといけない、僕は誰かに言われたわけではないけど、そう思った。
隠れる場所は森の奥にある、僕は知っていた。猫はみんな知っていた。
森を探して、その奥にあるふわふわの草むらを探して、ひっそりと夕陽がさすその草むらの上でゆっくりと横になりたい、そう思った。
僕は残る力を振り絞ってとぼとぼ歩いた。
森の手前で息たえて動かなくなった友だち猫がいた。その体を街のカラスがつっつくのを見た。
ニンゲンが乗りまわす、うるさい音を立てて動く巨大な箱が友だち猫の体をぺちゃんこに踏み潰すのを見た。
体がなくなったら生まれ変われない。心が入る体がないと生まれ変われない。
僕は前の僕から今の僕に生まれ変わったときのことを覚えてる。
生まれ変わるためには体がいる。体をなくしたあの子たちはもう生まれ変われない。
だから、僕は森の奥へ分け入っていく。
ごめん、先に行くね。
森の奥まで行けたなら、そこで動けなくなったのなら、僕は少しも寂しくない。僕はそこで生まれ変わることができるから。
気がつけば僕はニンゲンになっていた。
そしてしばらくニンゲンで生きてみた。
そして猫を抱いてみた。おそるおそる抱いてみた。
猫は僕を見て鳴いた。僕は猫のおでこを撫で、喉をスリスリした。
繰り返し繰り返し抱いてみた。繰り返し繰り返し撫でてみた。
猫を抱きながら、僕はニンゲンに抱かれる。僕が猫を抱いているのか、猫が僕を抱いているのか。
僕は抱きながら抱かれている。
橋爪モモ「猫です」
山人(sanjin)👣@飛ぶコタツ